大英帝国衰亡史 中西輝政
先月から本のまとめをしてませんでしたね。
歴史系の本を読み始めたら時間が掛かってしまったり、積み書の小説系を片付け、語学学習系の本を手に取るも基礎力不足らしくスラスラとは行かず・・・、読書ペースが乱れてましたww
年間のまとめ関係でデータ加工や計算ものが多かった事、家の手入れもあったかな。
評価:☆☆☆★(3.9)
■はじめに■
大英帝国の衰退の原因は、著者に言わせると「貴族階級の精神的衰え」らしい(爆)。
工エエェェ(´д`)ェェエエ工 <結局精神論かよ~。
「この本、手に取って失敗だったかな?」と思いましたが、読み進めると、巻末の”解題”で別の方が書かれているように、確かに著者は相当な量の文献に当たっている。なるほど(・∀・;)とは思いました。
ただ、中盤が結構読むのに時間が掛かりました。前半の発展過程と、後半の大戦から現代に至る部分は加速が掛かりました(笑。
全部で379ページ、まずまずの分量です。
本書を手に取った理由は、タイトルが自分の興味に合っていた事。
交易で長期間栄えた海洋国家(ベネチア、イギリス)については、加工貿易で頑張ってる島国の者としては学ぶところも多いだろうと、歴史面・経済面の興味が合致したので読んでみました。
■メモ■
(経済の本じゃないので、管理人が気になった部分のみ抜粋)
・アメリカ独立戦争(1775~)で負けた後に、ナポレオン戦争(1793~)に勝利し、最盛期へ。
・敗戦より、国論が割れ、力が分散する状態の方が危険。
・チャーチル・・・巧みな弁舌と外交判断(アメリカの参戦等)で第二次大戦を勝利に導いた優れた指導者の印象が強かったのですが・・・、国力(国庫)をすべて費い消してまで"勝ち"を得るより、適当なところでドイツと講和し、財政の建て直しを図っていれば大英帝国を延命できたのでは・・・という指摘は興味深い。
・勢力均衡戦略(バランス・オブ・パワー)
「低地」の独立。欧州大陸の低地諸国(オランダ・ベルギー等)が軍事大国に支配されると英本国への侵入が容易になるため、これを予防する。
・エリザベス外交
(1570年前後)・・・それらしい"噂"を流して金融市場でのスペインの戦費調達を妨害。
(・∀・;)<やっぱり金融市場の活用は中世から伝統か?
・フランシス・ウォルシンガム - Wikipedia
MI6の設立ですぞー!
外交情報の2重3重チェックによる伝達ミスの防止が狙いだそうです。
・オックスフォード大学(11世紀開校)
・1775年、「アメリカ独立戦争」
欧州列強の包囲、親アメリカ派による国内世論の分裂。
・1861年、アメリカ南北戦争。
国内世論の分裂と、北部の物量と動員力の前にイギリスは介入できずに終わる。
→次の「超大国」へ。
・1899年、マッキンダーのシティ(イギリス金融街)での演説(意訳です)
「イギリス産業(製造業)の脱落は、経済センターの分極化で避けられないかもしれない。
しかし、それを統制する「頭脳」としての金融・情報センターこそ世界制覇のための戦略拠点であり、製造業ではなく、むしろ金融と情報を押さえる者が結局は国際競争の勝者となるのである。」
今日に続く流れでしょうか?
・1960年代、欧州回帰。
「脱欧入亜」の「大英帝国」が終わり、「脱亜入欧」、欧州の一員としてのイギリス、ECに加盟(のちのEUへ)。
■20世紀型の戦争
・ホレイショ・キッチナー、"マシーン戦争"、総動員体制。
徴兵制の導入、組織化、集中配備、系統的な補給体系、圧倒的な火力・・・世界大戦型の新タイプの軍人。
「ソンムの戦い」
志願兵のエリート層を大量に失う。1914年時の50歳以下のイギリス貴族男子の20%が戦死。
オックスフォード、ケンブリッジの3人に一人が死亡し、ゴースト・タウン化した。
・「バトル・オブ・ブリテン」の代償。
30年間の平均GDPの25%を戦費に費やす。
・1939年から1945年までの5年間で、11.2億ポンドの海外資産を売却され、債務は4.7億ポンドから33.6億ポンドに増加した。
(中東の石油利権がアメリカへ売却される)。
・英の第一次大戦の戦死者、90万人。第二次大戦の戦死者39万7000人。
(同時期のドイツは、180万人、350万人)
■アメリカの老獪さ
欧州各国が国力を費消した後の、末期の大戦に参戦。
「レンド・リース法」
戦後、イギリスの輸出の障害に・・・輸出が3分の一に激減。
「英米金融協定」
米は酷い条約を次々に結ばせてます(ポンド圏の解体)。
■おまけ■
以下、毎度の事ですが脱線しますw、気になる方は読んでください。
タグ : イギリス 大英帝国 新聞 歴史 経済 アイルランド チャーチル
歴史系の本を読み始めたら時間が掛かってしまったり、積み書の小説系を片付け、語学学習系の本を手に取るも基礎力不足らしくスラスラとは行かず・・・、読書ペースが乱れてましたww
年間のまとめ関係でデータ加工や計算ものが多かった事、家の手入れもあったかな。
評価:☆☆☆★(3.9)
■はじめに■
大英帝国の衰退の原因は、著者に言わせると「貴族階級の精神的衰え」らしい(爆)。
工エエェェ(´д`)ェェエエ工 <結局精神論かよ~。
「この本、手に取って失敗だったかな?」と思いましたが、読み進めると、巻末の”解題”で別の方が書かれているように、確かに著者は相当な量の文献に当たっている。なるほど(・∀・;)とは思いました。
ただ、中盤が結構読むのに時間が掛かりました。前半の発展過程と、後半の大戦から現代に至る部分は加速が掛かりました(笑。
全部で379ページ、まずまずの分量です。
本書を手に取った理由は、タイトルが自分の興味に合っていた事。
交易で長期間栄えた海洋国家(ベネチア、イギリス)については、加工貿易で頑張ってる島国の者としては学ぶところも多いだろうと、歴史面・経済面の興味が合致したので読んでみました。
■メモ■
(経済の本じゃないので、管理人が気になった部分のみ抜粋)
・アメリカ独立戦争(1775~)で負けた後に、ナポレオン戦争(1793~)に勝利し、最盛期へ。
・敗戦より、国論が割れ、力が分散する状態の方が危険。
・チャーチル・・・巧みな弁舌と外交判断(アメリカの参戦等)で第二次大戦を勝利に導いた優れた指導者の印象が強かったのですが・・・、国力(国庫)をすべて費い消してまで"勝ち"を得るより、適当なところでドイツと講和し、財政の建て直しを図っていれば大英帝国を延命できたのでは・・・という指摘は興味深い。
・勢力均衡戦略(バランス・オブ・パワー)
「低地」の独立。欧州大陸の低地諸国(オランダ・ベルギー等)が軍事大国に支配されると英本国への侵入が容易になるため、これを予防する。
・エリザベス外交
(1570年前後)・・・それらしい"噂"を流して金融市場でのスペインの戦費調達を妨害。
(・∀・;)<やっぱり金融市場の活用は中世から伝統か?
・フランシス・ウォルシンガム - Wikipedia
MI6の設立ですぞー!
外交情報の2重3重チェックによる伝達ミスの防止が狙いだそうです。
・オックスフォード大学(11世紀開校)
・1775年、「アメリカ独立戦争」
欧州列強の包囲、親アメリカ派による国内世論の分裂。
・1861年、アメリカ南北戦争。
国内世論の分裂と、北部の物量と動員力の前にイギリスは介入できずに終わる。
→次の「超大国」へ。
・1899年、マッキンダーのシティ(イギリス金融街)での演説(意訳です)
「イギリス産業(製造業)の脱落は、経済センターの分極化で避けられないかもしれない。
しかし、それを統制する「頭脳」としての金融・情報センターこそ世界制覇のための戦略拠点であり、製造業ではなく、むしろ金融と情報を押さえる者が結局は国際競争の勝者となるのである。」
今日に続く流れでしょうか?
・1960年代、欧州回帰。
「脱欧入亜」の「大英帝国」が終わり、「脱亜入欧」、欧州の一員としてのイギリス、ECに加盟(のちのEUへ)。
■20世紀型の戦争
・ホレイショ・キッチナー、"マシーン戦争"、総動員体制。
徴兵制の導入、組織化、集中配備、系統的な補給体系、圧倒的な火力・・・世界大戦型の新タイプの軍人。
「ソンムの戦い」
志願兵のエリート層を大量に失う。1914年時の50歳以下のイギリス貴族男子の20%が戦死。
オックスフォード、ケンブリッジの3人に一人が死亡し、ゴースト・タウン化した。
・「バトル・オブ・ブリテン」の代償。
30年間の平均GDPの25%を戦費に費やす。
・1939年から1945年までの5年間で、11.2億ポンドの海外資産を売却され、債務は4.7億ポンドから33.6億ポンドに増加した。
(中東の石油利権がアメリカへ売却される)。
・英の第一次大戦の戦死者、90万人。第二次大戦の戦死者39万7000人。
(同時期のドイツは、180万人、350万人)
■アメリカの老獪さ
欧州各国が国力を費消した後の、末期の大戦に参戦。
「レンド・リース法」
戦後、イギリスの輸出の障害に・・・輸出が3分の一に激減。
「英米金融協定」
米は酷い条約を次々に結ばせてます(ポンド圏の解体)。
■おまけ■
以下、毎度の事ですが脱線しますw、気になる方は読んでください。
タグ : イギリス 大英帝国 新聞 歴史 経済 アイルランド チャーチル
■新聞の普及~
1843年、「(ロンドン)エコノミスト紙~」
この時代には現在流通している経済紙の源流的なものがすでに存在したのかΣ(゚Д゚;
1788年、「ザ・タイムズ」
1887年、「ニューヨーク・ヘラルド」
「読売新聞」は1874年創刊だそうです。
「日本経済新聞」は名前がコロコロ変わっていますけど、元は古いのかな?
まあ、どれくらい昔から現代に近い生活スタイルが根付いていたのか、みたいな参考にはなりますよね(^^;
日本でも明治期に相場師は存在しましたし、江戸期に米の商いで名前を売った人もいましたね。
1906年の「サンフランシスコ地震」の時には、リバモアが関連する鉄道株の空売りで儲けたと赤本で読みました(^^;
当時の市場は強気相場で、材料を無視しようとするのですが、リバモアは「壊れた線路や設備がすぐに元に戻るか!(意訳)」と売りを引っ張って成功するエピソードです。
情報伝達の手段は違えど、この頃のアメリカではもうやってることは今とほとんど同じですね。
最近は欧州の中世以降?の金融業の発達が気になりますね。日本は遅れて参加した口ですから、その種の伝統とか、大衆層の理解等でまだまだ遅れているんでしょうね。
■アイルランド問題
過酷な統治が怨嗟を生み尾を引くと。
一度隣国の併合に失敗すると延々祟られるのは世界共通みたいです(マテ。
ジャガイモ飢饉 - Wikipedia
天下の大英帝国の時代を経ても、すぐ横の決して大きくない国も完全には併合できなかったという事実は、植民地支配的搾取の歴史的なマイナスイメージの巨大さを感じますね~(主観ですが)。
この後、アイルランド系移民がアメリカの対イギリス政策に与えた影響も気になりますね~。
■おわりに■
最後に一番重要な話を・・・実はこの本、買わなくてもネット読めるみたい!!!ほら↓
大英帝国衰亡史 - Google ブックス
(・∀・;)<べっ、別に、まとめる必要なかったかな?
最後まで読んでくれてありがとう!♪ヽ( ・∀・)ノシ
(読むのに時間掛かったと思うけど、まとめる方もWikipediaの読みすぎで数日掛かったんだぜ~~ ~~┗─y('~`)dグッ
以上です。
1843年、「(ロンドン)エコノミスト紙~」
この時代には現在流通している経済紙の源流的なものがすでに存在したのかΣ(゚Д゚;
1788年、「ザ・タイムズ」
1887年、「ニューヨーク・ヘラルド」
「読売新聞」は1874年創刊だそうです。
「日本経済新聞」は名前がコロコロ変わっていますけど、元は古いのかな?
まあ、どれくらい昔から現代に近い生活スタイルが根付いていたのか、みたいな参考にはなりますよね(^^;
日本でも明治期に相場師は存在しましたし、江戸期に米の商いで名前を売った人もいましたね。
1906年の「サンフランシスコ地震」の時には、リバモアが関連する鉄道株の空売りで儲けたと赤本で読みました(^^;
当時の市場は強気相場で、材料を無視しようとするのですが、リバモアは「壊れた線路や設備がすぐに元に戻るか!(意訳)」と売りを引っ張って成功するエピソードです。
情報伝達の手段は違えど、この頃のアメリカではもうやってることは今とほとんど同じですね。
最近は欧州の中世以降?の金融業の発達が気になりますね。日本は遅れて参加した口ですから、その種の伝統とか、大衆層の理解等でまだまだ遅れているんでしょうね。
■アイルランド問題
過酷な統治が怨嗟を生み尾を引くと。
一度隣国の併合に失敗すると延々祟られるのは世界共通みたいです(マテ。
ジャガイモ飢饉 - Wikipedia
天下の大英帝国の時代を経ても、すぐ横の決して大きくない国も完全には併合できなかったという事実は、植民地支配的搾取の歴史的なマイナスイメージの巨大さを感じますね~(主観ですが)。
この後、アイルランド系移民がアメリカの対イギリス政策に与えた影響も気になりますね~。
■おわりに■
最後に一番重要な話を・・・実はこの本、買わなくてもネット読めるみたい!!!ほら↓
大英帝国衰亡史 - Google ブックス
(・∀・;)<べっ、別に、まとめる必要なかったかな?
最後まで読んでくれてありがとう!♪ヽ( ・∀・)ノシ
(読むのに時間掛かったと思うけど、まとめる方もWikipediaの読みすぎで数日掛かったんだぜ~~ ~~┗─y('~`)dグッ
以上です。

