長期トレンド探索中

私的企業研究ブログ(主に株式と企業に関する話題を収集)、更新頻度とレベルは低い。

チューリップ・バブル 



初期の頃のバブルチューリップ・バブルに関する本です。

バブルを乗り切るという市場参加者の永遠のテーマ探求の一環として読みました。


評価:☆★(1.5)

前半のチューリップの来歴や当時のオランダの描写が長くてダレました。
構成が悪いというか、チューリップの種類を説明されてもね・・・('A`)・・・


<当時のオランダ>
・16〜17世紀(バブルのピークは1637年)、アメリカ大陸で発見される銀や、インド航路による貿易の収益でヨーロッパに財が流れ込み、スペインからの独立戦争が一服し、国防へ回していた予算の一部が経済へ流れバブルに成り易い下地があった。
ルネサンスが科学への関心を呼び、印刷技術の普及するなか金持ち達が庭造りに熱中し希少な植物の入手に躍起になった。

ペストの流行や織物工業の中心地の移動など、人々が投機走る下地があった。


チューリップ取引は正規の取引所で行われた訳ではなく、酒場の一室で貧しい素人達によって行われた。
当時には政府発行債権、銀行への預金、取引所での株取引、地元の干拓事業、新大陸相手の貿易船への投資など、金持ち向きの莫大な資本を必要とする投資対象は択山存在した。
しかし職人や弱小商人、小作農が工面できる小金でうまく投資できる方法が皆無だったところに手頃な投機対象としてチューリップが現れた。

(球根単位から重量単位への変更により、球根の重さの増加分(成長分)が利益になり、短期間で4倍程度に値上がするような投資対象は他になかった。)


<破綻原因>
・取引対象がチューリップの球根ということもあり、1年中取引するために地中の球根を取引できるようになり、権利を取引する形に移行した。その際に支払い能力の確認や実際に球根を所有しているかどうかの確認が不十分だった(予防措置の不備)。

つまり「××の球根の所有権」を右から左へと転売して儲ける権利の売買ゲームになって行った。

しかも引き渡した商品が希望の品かどうか花が咲いて見なければ分からなかったため詐欺行為が容易だった。

球根の価値自体も最高級品種以外は、街や集団、流行によって評価が乱高下し、新しい品種が次々と生まれ、不安定で不合理なものだった。安定性と予測の手段がないことには長期間の繁栄は望めず、オランダのチューリップ市場には、その両方が欠けていた。

チューリップバブル崩壊後、一連の騒動がヨーロッパ全土へ知れ渡ると興味を持った海外の需要が増加した。この時期、17世紀前半から始まった花の輸出によって現在でも花の国際市場において圧倒的な優位に立っている。


当時高値で取引されていたチューリップは斑(斑点)入りの特殊なものだった。
その美しい斑はモザイク・ウイルスというアブラムシが媒介する病気で退治する方法が見つかり、かつてのチューリップは姿を消した。


<当時の物価>
1636〜1637年にオランダの豪商がアムステルダムの銀行に貯蓄した金額の合計は、350万ギルダーにすぎず。当時ヨーロッパ最大の貿易会社であった巨大なオランダ東インド会社の資産評価額が650万ギルダーだった時代。

豚8頭 240ギルダー
牛4頭 480ギルダー
小麦24トン 448ギルダー
ワイン大樽2つ 70ギルダー
バター2トン 192ギルダー
銀のコップ1個 60ギルダー
衣服1着 80ギルダー
船1艘 500ギルダー

大工の年収 250ギルダー
中程度の商人の年収 1500ギルダー
最高傑作「夜警」でレンブラントが得た金額 1600ギルダー

信頼できる記録による最高級品種の球根1個についた金額 5200ギルダー


読めば読むほどバブル現象の中でも異色という印象を受けました。
本の記述も経済現象の考察というより、人々が魅せられた当時のチューリップの魅力と背景に迫るドキュメンタリーのようで自分の中で期待した内容と違ったため低評価になりました。
[ 2006/11/20 11:13 ] 投資本要約・読み物 | トラックバック(-) | CM(0)
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